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仙台地方裁判所 昭和35年(わ)134号 判決

被告人 荒川猛司こと荒川猛

昭九・一〇・一〇生 会社員

主文

被告人を禁錮一年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は仙台市所在、千田建設株式会社に雇われ、同会社請負にかゝる各工事現場の人夫監督、資材購入等の事務を担当する傍ら、自動三輪車等運転の業務に従事しているものであるが、

第一  昭和三五年四月二〇日夕方、亘理郡山元町鷲足所在の同会社工事現場において、人夫賃金の支払をなした後、同夜八時過頃同所附近で清酒約五勺飲酒し、次で現場世話役斎藤信一と共に、自動車で、同郡亘理町荒浜高須賀部落の同人方に赴き、同夜九時頃から酒食の提供を受け、その際、清酒約二合飲酒したうえ、同夜一〇時頃、同家前から小型貨物四輪自動車(宮城県四す五六九五号)を運転して、帰社することになつた。しかし被告人は小型貨物四輪自動車の運転資格を有せず、また運転技術も未熟で、殊に夜間の運転経験がなかつたばかりか、前記の飲酒により、その頃酒に酔い、正常な運転ができない虞れがあつたから、当然運転を避止すべき業務上の注意義務があるのに、漫然同自動車の運転を開始したため、運転中、次第に酔を発して、前方注視が困難となり、同夜一〇時三〇分頃、名取市上余田字市の坪二一七番地先国道上を仙台市に向け北進する際、道路左側を長男裕一(当時生後三七日)を抱きながら、妻よしゑ(同二三歳)と並んで、同一方向に歩いていた佐藤裕幸(同二五歳)に全く気付かず、同人等に自動車前部を激突させて路上に転倒せしめ、よつて右佐藤裕幸に対し、右前頭部陥没骨折および頭蓋底骨骨折等の傷害を与え、それに基因する頭蓋腔内等の出血に因る失血及び脳圧迫により翌二一日午前一時四五分頃、名取市増田字町東八五番地守病院において死亡させた外、右裕一に対し、加療約三週間を要する脳震盪症等の、右よしゑに対し、安静加療約三週間を要する上口唇、上歯列前部打撲症、脳震盪症等の各傷害を与え、以つて同自動車を、酩酊かつ法令に定められた運転の資格なく運転して、無謀な操縦をするとともに業務上過失致死、傷をなし

第二  同月一九日午前一〇時五〇分頃宮城県黒川郡富谷村熊ヶ谷仙台鉄道バス停留所付近において、法定最高速度毎時四〇キロメートルを一二キロメートル超えた毎時五二キロメートルの速度で軽自動車(宮に九五一〇号)を運転して無謀な操縦をなし

たものである。

(証拠の標目)(略)

(検察官及び弁護人の主張に対する判断)

先づ、検察官は、被告人の判示第一の無資格、酩酊運転と業務上過失致死、傷とは併合罪を構成すると主張するので考えるに、本件の無資格運転と酩酊運転は、時間的にも、場所的にも、同一機会になされたもの、すなわち、基本的事実関係は全く同一であり、また、単一の犯意に基くものと認められるところ、元来無資格運転と酩酊運転は、いづれも道路交通取締法第七条によつて禁止された無謀操縦の一場合に属し、両者は保護法益を均しくするから、本件のように基本的事実関係を同一にし、単一犯意に基づく場合は、これを包括して、無謀操縦の一罪のみ成立すると解すべく、さらに、本件の業務上過失致死、傷は、判示で明かなとおり、被告人の無謀操縦が過失の全内容をなしているので、かような事実関係の下における無謀操縦と業務上過失致死、傷との関係は、想像的競合に立つものと解するのを相当とし、結局刑法第五四条第一項前段、第一〇条を適用して、最も重い刑(本件の場合は業務上過失致死)に従つて処断すべきものと解すべきであるから、検察官の見解は採用できない。

次に弁護人は、被告人は判示第一の犯行当時、強度の疲労と飲酒酩酊のため、心神耗弱の状態にあつたと主張するけれども、無謀操縦の故意は、乗車時に存在すれば充分であり、また本件業務上過失致死、傷の過失内容は、判示のとおり、無謀操縦にあつて、結局過失行為存在の時は乗車時にあるから、両者とも、乗車当時の精神状態が正常である以上、仮りに事故の際心神耗弱の状態にあつたとしても、刑の減軽事由には該当しないというべきところ、本件において、被告人が無謀操縦のため、判示斎藤方前で乗車した当時は、未だ理非を判断し、かつ、それに従つて行動する各能力が、それ程減弱していたとは到底認められないから、弁護人の主張も失当である。

(適条)

被告人の判示第一の所為中業務上過失致死、傷の点はいずれも刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、無謀操縦(無資格運転及び酩酊運転)の点は包括して道路交通取締法第七条第一項、第二項第二号、第三号、第二八条第一号、罰金等臨時措置法第二条に、判示第二の無謀操縦(速度違反)の点は道路交通取締法第七条第一項第二項第五号、同法施行令第一五条第一項第二号、道路交通取締法第二八条第一号、罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、第一の所為中無謀操縦と各業務上過失致死、傷とは一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により結局一罪として重い業務上過失致死罪の刑に従い、所定刑中禁錮刑を選択すべく、右と判示第二の無謀操縦とは同法第四五条前段の併合罪であるから、後者につき所定刑中懲役刑を選択のうえ、同法第四七条但書、本文、第一〇条により重い業務上過失致死罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で、被告人を禁錮一年に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(量刑理由)

本件の情状について考えるに、被告人には道路交通取締法違反の前科が三犯あり、その内容は、いずれも無謀操縦(制限速度違反)にあつて、最終刑は本件犯行の僅か一月有余以前であるところ、本件においても、判示第二摘示のとおり、同種犯行を繰り返し、現認警察官より違反を指摘されたのに、早くもその翌日、重ねて無謀操縦の所為に出で、遂に判示第一の重大事故を引き起したことが明白であるから、被告人には、全く反省の色がなかつたと断ぜざるを得ない。のみならず、右第一の所為は、自動車の無免許且つ酩酊による悪質な交通事犯であり、被告人の過失程度が極めて大きいのに反し、被害者には過失が全くないこと及び被害者佐藤裕幸は貴重な生命を奪われ、その妻子は瞬時にして、夫であり父である一家の柱石を失つたばかりか、自らも病床に伸吟するという、人生の最大不幸に追いやられたことを考えると、被告人の責任は極めて重大なものがあるといわなければならない。

思うに近時自動車が急速に普及氾濫するに及んで、交通事犯が頻発し、日夜多くの尊い人命を傷つけ、或は奪い、国家の基盤をなす家庭を破壊して、社会に多大の不安、衝動を与えていることは、公知の事実というべく、これら街頭の流血を防止するため、高度の技術を習得した法定の資格者のみが、交通法規を厳格に遵守して、秩序ある運転に従事すべきことは、切実な社会的要請となつている。かくして、この種犯行は、社会的犯罪としての容相を呈しているら、これを既定概念による単純軽微な過失犯とみて、公式的に処理したり、或は、その被害を社会生活上避けられない不測の危難と考えることは、社会の現実を無視し、その要求に離反するばかりか、延いては人命軽視の非難を免れないものといわなければならない。

されば正規の運転者が、運転中、たまたま軽度の過失によるか、又は被害者等の過失、その他の外的条件と競合して、事故を引き起した場合は兎も角、無資格者の酩酊等による自動車運転は、正に街頭の兇器的存在であるから、それに基因する事故については、被害者の宥恕や示談成立の点よりも、社会防衛の見地に重点を置き、厳格な態度を以て望まなければならないものと思料する。本件においては、被告人の父及び雇用主等が被害者に対し、相当額の慰藉料を支払つて示談をなし、被告人も、遅きに失したとは言え、改悛の情を示しているので、右の事実は勿論、その余の一切の情状を斟酌すべきであるけれども、なお被告人に対し、刑執行猶予の特典を附与すべきではないと考える。

(裁判官 太田実)

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